2025年9月29日 19:59
beatmania IIDXというゲームが流行ってるのか流行っていないのかよくわかならない時代の遠い昔のお話です(1999~2000年)。
beatmania IIDXというゲームは出たものの、1クレ300円というイカれた設定のためbeatmania(五鍵)から移行するプレイヤーは多くなく、五鍵がまだ終わってないしIIIも出たのでインカムは低迷。なのでsubstreamが出てDDRとセッションできるようになったんだけどそれでもプレイヤーはそこまで増えず。この当時IIDX初代とsubstreamに金突っ込んでたプレイヤーはコナミに感謝されるべきだと思う。
で、無事に2nd Styleが登場。少しプレイヤーが増えました(身近なところの話なので全国的にどうなのかは知らんが3rd Styleも出たということは人気が出始めたということだと思)。
この時まではDPはSPと同じ画面(つまり画面両サイドに譜面が降ってくる)だったのでDPは「プレイスタイル」というより「曲芸」でしかありませんでした。福岡の香椎にあるゲーセンに「beatmania II」が置いてて、IIDXよりも画面が小さいのでこれならどうにかDPできなくはないかも程度な。3rd Styleでようやく中央に寄ってくれた。はず。
3rd Styleになり、ようやく1クレ100円の店がメインに(それでも一部店舗は1クレ200円だったが)。当時から俺は不器用だったのでボタンとスクラッチが同時にくると大抵押せず回せず、「もうこのゲームついていけないよお」とか言ってたんですが、その時DPをやれと言ってくれた友人がいたのが俺のDP人生のはじまりです。

当時DDRランカーのクラウドから誘われたんですが、上記にもある通り本人は「そんなこと言ったっけ」で俺が膝から崩れ落ちたという。
3rd Styleからしばらくの間、DPは1クレFREEモード2曲の時代が続く。SPは4曲やれるのに。当然DPなんてやる人はほとんどいない。面白いのに。
このころ本当に一人でDPやってました。PrestoやNorthクリアするのに100クレ使ったり。
しょうがないから「FhDA(福岡へなちょこダブルプレイヤー協会)」というものを作りました。当時の福岡にはすでに「FMGP(福岡ミュージックゲームプレイヤーズ)」と「SPY(DDR集団)」というグループがあったので便乗しようとかそんな感じで。DP面白いんだよ?みんなやろう?という。
結局メンバーは9人か10人だったと思うます。DPメインではない人も半分くらいいたけど。結果、俺とQCC・O2ON・CAMELの4人が主要メンバーに。俺以外みんな上手かった。QCCは運指力と精度、O2ONとCAMELは発狂力、俺は単発担当(しょぼい)。O2ONは4th時点でHolic(DPA)両ランダムで練習してたくらいなので一番才能あったんじゃなかろうか。就職して音信不通になっちゃって悲しい。CAMELは最近までやってたけどあまりにもプレイしすぎて「IIDXをやると謎の頭痛がする」という理由でやめてしまった。悲しい。QCCは家でIIDXやってたら奥さんにうるさいと怒られたのでできないらしい。悲しい。
福岡ではIIDX REDくらいまでほぼこの4人くらいしかDPやってなかったと思う。他地域でやってた方いたらすません。俺が転職のため福岡から宮崎に移住し、その頃からFUSEI3・LESTY・MR2Nなどのトッププレイヤーが表に出てきた感じ。もうこの頃になるとDPerが増えてきてて俺は嬉しい限りであるます。
時は流れ、DoFというイベントにDPerが100人以上も集まるということに。
おじいちゃんはその光景だけでうれしかったものじゃよ(主催でもないのに)。
IIDXプレイヤーはみんなDPをやろう。楽しいから。
他機種の音ゲーをやってる人で「IIDX難しそう」と思ってる人はDPをやろう。SPより(人によっては)とっつきやすいから。
まだ音ゲーをやってないひとはIIDXでDPをやろう。新しい楽しみが見つかるから。
DP最高。
みんなDPをやれ。
